カジノ実施法案の成立によってこれから新たに日本のギャンブルの歴史は塗り替えられていくと言われる昨今ですが、ギャンブルは人類そのものの歴史といってもよいくらいの長い歴史を持ちます。
世界最大の発明ともいわれる文字が開発される前でさえ、人類はは賭け事に興じていました。
例えば、今では世界中で人気のポーカーはAs-Nasと呼ばれる17世紀のペルシャのゲームに基づいています。

As-Nasのカード
カードゲーム自体は、9世紀の中国にまで遡ると言われています。
賭博は世界中で、長い歴史を持っているものなのです。
では、カジノはどうでしょうか?
「CASINO」の語源はイタリア語で「家」を意味する「CASA」から来ており、元はヨーロッパの貴族の別荘のようなものを指していました。
それが時代の流れとともに変化して行った結果、現代のような娯楽施設「CASINO」となったわけであります。
現代のカジノといえば、ラスベガス等の煌びやかなネオンや、シンガポールのマリーナベイサンズのホテルの上に船が乗ったような風景を思い浮かべる方が多いと思います。

マリーナベイサンズの写真
では、世界最古のカジノはどんなものだったのでしょうか?
今回は現存する最古のカジノを4つお伝えしたいと思います。
目次
カジノ・ド・モンテカルロ(Casino de Monte Carlo)

現在のカジノ・ド・モンテカルロ
カジノ・ド・モンテカルロの歴史

当時の写真
カジノ・ド・モンテカルロはモナコ公国に位置する伝統的なカジノです。
モナコ公国といえば金持ちが集まるリゾート地として有名で、世界で二番目に小さい国としても知られています。
そんな美しい国モナコにある代表的なカジノ、カジノ・デ・モンテカルロの歴史は古く、1856年に創業しました。
日本では黒船が1853年に来航して、開国に向けて歩み始めた頃ですね!
まさにヨーロッパと言いたくなるようなこの美しい建物は、パリのオペラ座を作った建築家ガルニエによって作られました。
建設当時から変わらないその姿は、実際に訪れると圧倒されること間違いないでしょう!

パリのオペラ座
カジノ・ド・モンテカルロはカジノロワイヤルの舞台?
カジノが登場する映画として最も有名な映画の一つ、007シリーズのカジノロワイヤル。
主人公ジェームズボンドがポーカーで勝負するシーンは何度見ても鳥肌が立ちます。
実はこの撮影の舞台がカジノ・ド・モンテカルロなんです!
まだ見ていないという方は、「007カジノロワイヤル」を見るとカジノ・ド・モンテカルロの雰囲気を感じることが出来ると思います。
カジノ入門の映画としてとてもおすすめです!
バーデン=バーデンのクアハウス(Kurhaus Baden-Baden)

現在のバーデンバーデンのクアハウス
バーデン=バーデンのクアハウスの歴史
クアハウスとはドイツ語で療養の家という意味を持った単語です。
温泉を利用したリゾート地のようなものから、現在はカジノを始めとする様々な施設がある複合施設になっています。
バーデン=バーデンのクアハウスはドイツのシュヴァルツヴァルト、通称黒い森地方の都市バーデン=バーデンの郊外にあるクアハウスなので、このように呼ばれるようになりました。
場所はフランスとドイツの国境あたりです。

バーデン=バーデンのクアハウスの位置
さて、そんな背景を持つバーデン=バーデンのクアハウスですが、カジノを含む主要な建物は1824年、フリードリヒ・ヴァインブレンナーにより建設されました。
日本では11代将軍徳川家斉の時代で、シーボルトが長崎に鳴滝塾を開設した頃になります。
当初はあまり注目される存在ではありませんでしたが、1830年にフランスで賭博が禁止になった途端、野望を抱くフランスのギャンブラーたちは大挙してここのカジノへ訪れるようになりました。
そのあまりの美しさは評判となり、日本語字幕が初めて製作された映画「モロッコ」のアカデミー主演女優賞として名を馳せた女優マレーネ・ディートリヒを以てして、「世界で最も美しいカジノ」と言われるようになります。
第一次世界大戦などで一時的な浮き沈みはありつつも、現代にいたるまでその美しい姿を保つバーデン=バーデンのクアハウスは一度行ってみたいカジノの一つですね!

昔のバーデン=バーデンのクアハウス
カジノ・ド・スパ
カジノ・ド・スパの歴史
カジノ・ド・スパは1763年に、Jean-Barthelemy Liege Digneffeによって作られました。
場所はベルギーの南半分を占めるワロン地方、その南東当たりにあるアルデンヌ地方のスパ(spa)という町にあります。
スパといえば、現代の温泉リゾートのようなものを指しますが、実はこの町の名前から来た来た言葉なんです!
カジノは、庭園と美しいヴィラに囲まれた壮大な宮殿内にあります。

カジノ・ド・スパの庭園
スパという町自体、14世紀ごろから温泉リゾートとして栄えた街なので、古き良きヨーロッパの感じを味わうならここが一番かもしれません。
そんな伝統的な雰囲気を醸し出しているカジノ・ド・スパですが、実はこのカジノは何度も無くなってしまう危機に陥ったことがあります。
度重なる火災、ベルギーのリエージュ地方で起きた革命、さらには1789年ベルギー政府による賭博の禁止など要因は様々です。
しかし、そんな逆境の中でも、カジノ・ド・スパは19世紀までをなんとか持ちこたえました。
しかし、1917年に大規模な火災が発生し、建物の大部分が失われてしまいます。
これを10年以上の歳月をかけて修繕したのが、現在のカジノ・ド・スパです。
格式高いカジノでありながら数々の物語を生み出してきたカジノ・ド・スパ。
ベルギーを訪れるのであればおすすめスポットの一つとして候補にになると思います!
カジノ・ディ・ヴェネチア(Casino di Venezia)
カジノディヴェネチアの歴史
カジノ・ディ・ヴェネチアは、正式には「Casinò di Venezia, Ca’ Vendramin Calergi(カジノ・ディ・ヴェネツィア、ヴェンドラミン・カレルジ)」と呼びます。
設立されたのはルネサンス期の1638年。
世界最古のカジノとしてその名を轟かせています。
しかし、当初はこの場所ではなくサンモイゼ宮殿(現在はもう無い)で営業していました。
1774年にそこでの営業が終了すると、実に200年近くカジノは営業していませんでしたが、1950年にカジノ・ディ・ヴェネチアの名を冠して現在の場所での営業を始めました。
そのため、カジノ・ディ・ヴェネチアを世界最古のカジノと呼ぶのはふさわしくないという声も中にはあります。
しかしながら現在の建物も、1509年に貴族の邸宅として建てられたもので、ドイツの作曲家リチャード・ワグナーが死んだ場所としても知られる歴史ある建造物です。
さて、そんなカジノ・ディ・ヴェネチアですが、写真を見ればわかるように水路が目の前に位置しています。
カジノ利用者はここの水上バスを無料で利用することが出来るんです。
水の都ヴェネチア、その由緒正しきカジノで優雅にギャンブルを楽しむ。
そんな旅行もいいのではないでしょうか?

夕暮れ時のカジノ・ディ・ヴェネチア
まとめ
歴史あるカジノはヨーロッパに集中しているのは、カジノの起源がヨーロッパの貴族から来ているからでしょう。
そのため、言えば由緒正しき大人の社交場ですが、ドレスコードやマナーには厳しいものがあります。
訪れる際はしっかりとジャケットを身に纏い革靴を履いて、颯爽とカジノへ勝負へ行きましょう!